カテゴリ:街角点描【建物・町並み・景観】 > 街角・商店街・路地・下町情景


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これぞ大阪を代表する風景でしょう。

インバウンド・バブル前夜の頃で、まだ比較的平静を保っていたと思います。「グリコ」や「かに道楽」などの広告ネオンサインは、商都・大阪のシンボルでしょう。ふぐ料理の「づぼらや」は、残念ながら消えてしまいましたが。

阪神優勝のときには、「道頓堀ダイブ」という習慣もあるようですね(最初に飛び込んだのは落語家・桂福若だったようです)。


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千光寺踏切でしょうか・・・。

坂の町・尾道らしい一つの風景ですね。

地方私鉄のような雰囲気ですが、日本を代表する大動脈のJR山陽本線だけあって、貨物列車も頻繁に行き交います(かつてのように特急や寝台列車こそ走らなくなったが)。
 


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近鉄鶴橋駅下に連なる商店街。「鶴橋卸売商店街」という名称が付いています。

鶴橋といえば焼肉をイメージされる方も多いでしょう。近鉄鶴橋駅ホームに立つと、焼肉の美味しいにおいがしてきて、食欲を掻き立てます。私も時に鶴橋で焼肉鱈腹食べたくなることあります。何度か鶴橋の焼肉を食べに寄ったことがあります。

卸売商店街も鶴橋の見どころでしょう。 昭和の懐かしい市場の雰囲気ですが、アーケード天井に各国の国旗がぶら下がり、国際色豊かな側面も垣間見られます。

駅南東の生野区にはコリアタウンと呼ばれる商店街があります。韓国料理・韓国コスメ・韓流グッズのお店が並び、食べ歩きが楽しめます。


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奈良県・大和高田市街地の路地裏めぐりです(2016年訪問)。

「天神橋」という名前の付く商店街アーケードを少し歩いてみました。

人通りが少なく、シャッターの閉まってるお店は多いが、狭い路地空間に凝縮される昭和レトロな雰囲気が魅力で、またの機会に寄ってみたいお店がありました(せっかくなので、ベーカリーショップに入ってパンを買ってみました。美味しかったです)。

大和高田市街地には他に幾つかの商店街があり、近鉄南大阪線・高田市駅前の片塩商店街が最も賑わっているようです。同商店街は近畿経済産業局より「イケテル商店街10選」に選ばれています。もともと大和高田は奈良県の商都であり、かつて市街地にはもっと商店街が多く並び、最盛期(昭和40年代後半)には200億円を誇る日本有数の商店街だったと言います。


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昭和のタバコ屋さんの佇まいですね 今もがんばっておられるそうです

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御殿八ッ橋本舗


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阪急高槻市駅と松坂屋(JR高槻駅前)を結ぶ商店街通り。

かつて、この商店街にはパソコンショップがありました。まだパソコンが高嶺の花だった時代で、郊外都市では珍しく、パソコンマニア御用達だったことでしょう。

その後、パソコンが一般家庭に普及するようになり、郊外の家電量販店にもパソコンが並ぶようになります。画像のDISCPIERというお店はCD・DVDやゲームの店だったようですが、パソコン周辺機器もあったように思います。現在、このお店もなくなり、ドラッグストアに代わったようですね。

昔、枚方~JR高槻間のバスの本数が少なく不便だった時代、阪急高槻市駅からこの商店街を通り抜けてJRの駅前まで歩くことも多かったです。今でもこの商店街の雰囲気を味わいたくて、時々立ち寄ることもあります。


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2005年当時の大阪・黒門市場です。

日本橋駅(地下鉄・近鉄)南東の一角に広がる一つの商店街で、「食いだおれ」の街・大阪を代表する生鮮食料品中心の市場が軒を連ねます。海鮮・青果・加工食品のほか、飲食店も多く並び、歩いているだけで楽しいです。

近年、インバウンドで外国人観光客の姿も目立ち、観光地化しているようです。


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2005年春のある日、夜になぜか駒川商店街に寄り道したようです。どんな乗車ルートだったのか完全に忘れました。2枚目の画像、駒川温泉の反対側に写っているガードは近鉄南大阪線のようですね。


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南海和歌山市駅前に対面する大通り・商店街(2005年撮影)。

昭和の地方都市の雰囲気そのままでしたね。南海和歌山市駅は市街地の西の外れ(港寄り)にあって、立派な駅ビル(建て替え中)の存在感とは対照的に、やや寂れ気味なのは残念。昔、ここに路面電車が走っていた頃は、もっと栄えていたようですが。

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市駅から東へ500mほどの位置には、和歌山県最大の繁華街・歓楽街で知られる「ぶらくり丁」商店街があります。江戸末期から続く古い伝統の商店街のようです。近年は寂れているとの話だけど、和歌山市を訪れる機会があれば、回ってみたいポイント。


2006年1月、「青春18きっぷ」で城下町・津山を訪れました。往路は姫路から姫新線を乗り継ぎました。

津山市街地はJR津山駅から北へ徒歩300~500mほど、吉井川の対岸に位置します。

商店街アーケードや百貨店(天満屋)があり、昭和な感じの懐かしい街角の佇まいを楽しんできました。

町並みを一巡したあと、津山駅でかの悪名高いキハ48の急行【つやま】岡山行きを見送りました。次発の津山線快速【ことぶき】に乗り込み、岡山から山陽本線で帰路につきました。


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たぶん通天閣の前だったと思います。

散髪屋さん1,200円の看板に目が惹かれますね。右側に止まっている奈良交通の観光車も気になります。
 


このとき、なぜか鳥取市内の写真はあまり撮ってませんでした。

何気に国道53号線のおにぎりマークが写っていますね。鳥取市街地はなかなかレトロな建築物が多いなぁ、という印象でした。

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近鉄京都線桃山御陵前駅南側の高架下に連なる商店街。

伏見区の中心部であり、近鉄・京阪の乗換駅・丹波橋から奈良方へ一つ目のところです。桃山御陵前駅から西へ100mほど、京阪伏見桃山駅越しに伏見最大の大手筋商店街が連なります。

問題の近鉄ガード下の商店街ですが、「近鉄桃山商店街」あるいは「駅前0番地」という名前が付いているようです。

ここは大手筋商店街の賑やかさとは対照的に、場末感が漂い昭和の郷愁を誘う雰囲気ですね。居酒屋さんやラーメン屋さんが軒を連ねています。今度ここのラーメン屋さんに入ってみたいですね。

桃山御陵前駅の高架ガードは京都線(旧・奈良電鉄)の開通(1928年)と同時に竣工。昭和初期当時では珍しい鉄道高架ですね。高架下の商店街は開業当初からあったそうです。これは現代の高架下ショッピングセンターの原型ということになりますね。

西側の京阪は地上を走るのに、なぜ奈良電は一段高い高架駅なのでしょうか? それは、桃山御陵参道との交差地点であったことが理由のようです。すなわち、京都府から平面交差を避けるように要請され、桃山御陵前駅は地下駅で計画されます。しかし、伏見は銘酒のまちであり、地下水脈を断つとして伏見酒造組合が反対を表明。その結果、奈良電が折れて高架駅として開業させることになったという経緯です。


奈良市・船橋商店街にて。

JR奈良駅北側および近鉄奈良駅西側にあたり、市街地からやや外れた場所にあります。商店街は近鉄奈良線(地下)の通る大宮通り(国道369号線)に面し、北へ伸びています。かつて、旧・近鉄油坂駅(廃止)前の商店街として栄えていたそうです。

当時、近鉄奈良線は大宮通りを走る「路面電車」として奈良市街地に乗り入れていましたが、市街地区間は地下化されると同時に油坂駅は廃止(1969年)。合わせて、奈良・京都・橿原線系統の架線電圧が1500Vに昇圧されました。800・820・900・8000系や18000系などが路面を走行していたとは、今では信じられません。京都線(旧・奈良電)の丹波橋を経ての京阪乗り入れが廃止されたのもほぼ同じ時期でしたね(近鉄奈良-京阪三条間には820系が乗り入れていた)。

現在、船橋商店街は人通りが少なく寂れた印象を受けるが、昭和レトロなお店も残っており、「まちあるき」を楽しむには新鮮さを感じるものも多く、魅力的な空間でもあります。

ここに寄ってみた目的は、奈良県立大学の講演会を拝聴することでした。

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京都府京丹波町瑞穂(旧・瑞穂町)の町並みです。

池田・川西からR173を走り、美山町へ向かう道中でした。R173からR9へ抜け、R27~京都r12で美山町へ入るルートでした。

当時、京都縦貫道は未開通だったが、瑞穂町を通るようになり、京都市内から便利になりましたね。

R27とR9の分岐地点にあるドライブイン・やまがた(丹波町蒲生)は、先月閉店しました。ドライブインは、今でいう「道の駅」のようなものでしょう。丹後・若狭・山陰方面へのドライブやバスツアーなどでお世話になった方も多いことでしょう。私も自転車やバイクでの遠征で寄らせていただいたことがあります。

3年ほど前、瑞穂町のR173沿線に道の駅「瑞穂の里 さらびき」がオープンしましたね。

面白いことに、京丹波町には大阪・神戸の繁華街でおなじみの「梅田」「三ノ宮」という地名が存在します。町内に「梅田郵便局」「三ノ宮郵便局」があるし、JRバス園福線に「丹波梅田」バス停があるのは興味深いですね。

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大阪日本橋・恵美須町といえば、「でんでんタウン」。

少し前まで、「でんでんタウン」および周辺には、パソコン・IT機器や家電量販店、電機電子部品、模型やゲームソフトの店が集まり、コンピュータ、メカトロニクスやゲーム好きには人気のあるエリアでした。関西資本の家電量販店は日本橋に本店を構え、エリア内に複数店舗を出すドミナント的戦略が普通に見られましたね。

しかし、梅田にヨドバシが進出して以降、日本橋の地位は低下し、Joshinを除いて関西勢の家電量販店も軒並み撤退。唯一生き残ったJoshinも日本橋エリアで店舗再編成が進められる予定です。

私も2007~08年ごろまで、日本橋エリアでパソコンやIT機器を購入することも多かったが、それ以降日本橋とはすっかり疎遠ですね。パソコンなど今や通販(ネットショップ)で安く買えるし、わざわざ交通費をかけて、パソコンそのものを見るためにお店に行く意味も薄れているように思います。どうしても実店舗で買うんだったら、梅田のヨドバシでしょうね。

日本橋エリアも、オタク文化の町として再生を図っているようで、隣接する通天閣・新世界エリアと合わせ、魅力的な観光スポットとして活性化を期待したいところです。


近鉄八木西口駅前付近(奈良県橿原市)にて。

橿原線の八木西口駅といえば、2つのネタで有名でしょう。

1つは、旅客営業上は隣の大和八木駅(橿原線・大阪線のジャンクション)と同一駅扱いで営業キロは設定されていないこと。それはどういうことかといえば、運賃は大和八木発着と同額であり、大和八木駅発着または経由する乗車券を持っていれば、八木西口駅で下車できる、ということです。なお、八木西口-大和八木間のみを乗車する場合、初乗り運賃の乗車券で利用可能です。

なぜ、こんなややこしいことになったのか? もとは橿原線の前身である大阪電気軌道畝傍線の「八木」駅として開業するが、その後、同じ大軌が現在の大阪線(旧・八木線)を延伸開通させたことに伴い、畝傍線との交差地点に現在の「大和八木」駅が設置された経緯によるもの。

もう一つは、大阪線と橿原線を結ぶ短絡線。大和八木では大阪線と橿原線は立体交差の構造となっているため、両線への短絡線が2本設けられています。その一つが八木西口短絡線(もう一つは、新ノ口かからの短絡線で、京伊特急が走行している)。もとは旧・八木線を単線化したもののようです。現在はここを通る営業列車は通常設定されていないが、大阪上本町方面から橿原神宮前への団体・臨時列車や、奈良線・南大阪線用車両などが五位堂検修車庫へ回送するときの搬送ルートなどに活用されています。

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八木西口短絡線

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踏切越しの夕焼けに染まる路地



2004年冬、「青春18きっぷ」で若狭小浜をプチ訪問。

小浜市は若狭湾・日本海に面する福井県西部の都市。京都市の真北の位置にあって、「京は遠くても十八里」と言われるほど100km以内の比較的近い距離関係であり、古くから京都と繋がりの深いです。若狭湾で水揚げされた鯖を京に運ぶ「鯖街道」は、その代表的なものでしょう。現在の国道162号線や367号線は、京都と若狭小浜を結ぶ最短ルートであり、「鯖街道」がルーツとなっています。

小浜は古来より大陸との交易や文化交流の玄関口として栄えて、古い寺社や名刹も多く、「海のある奈良」とも呼ばれます。

JR小浜線も電化されて1周年を迎えた頃でした。非電化の頃は、急行【わかさ】などが小浜線から舞鶴経由京都まで直通していましたが、今は線内折り返しの普通列車のみで寂しいです。残念ながら、小浜駅前も寂れているようですね。

舞鶴若狭道その他の高速道の整備が進み、京阪神各地から小浜・若狭路へ車で行きやすくなりました。

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言わずと知れた、道頓堀・「金龍ラーメン」。

御堂筋に面しており、繁華街の中心にドーンと店を構えています。24時間営業で人通りが絶えず、大人気です。 

この店は屋外の畳に座って食べることもできるようになっており、半ば屋台風です。私も昔、ここで一度食べた記憶があります。

ラーメンのスープはあっさり・豚骨ベースの醤油味で、キムチなどを加えると美味しいようです。


大阪名物「金龍ラーメン」!これが大阪の味!道頓堀の味や♪(Lineトラベルjp)
https://www.travel.co.jp/guide/article/6604/





京都府北部の内陸都市、綾部市。

綾部市は福知山盆地の東側に位置。京都府北部を代表する2大都市、福知山・舞鶴の中間という位置関係にあって、JR山陰本線・舞鶴線が分岐し、また京都縦貫道と舞鶴若狭道の交わる北近畿の交通の要衝の一つ。しかし、市内東部の大半は丹波高地の山間部が占めているため人口は31,000人(2020年)と少なく、福知山や舞鶴に比べて地味な印象があるように感じます。

しかし、綾部はグンゼ発祥の地として有名。もともと絹織物・繊維・機械産業が盛んな地域です。JR綾部駅北口一帯はグンゼの社有地で、研究所・工場のほか、旧本社(グンゼ記念館)などが集積。

以下の画像は2003年秋、バイクで綾部市街地を訪れたときのものです。池田から一路R173を走りました。R173はかつては「酷道」だったそうですが、阪神地区と舞鶴・若狭方面を結ぶ幹線道路ということで改良が進み、全線にわたって走りやすくなりました。

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