カテゴリ:街角点描・地域別【京都・滋賀・若狭路】 > 四条河原町・京都駅・二条城


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夏の鴨川といえば、川床。涼しい川風に吹かれての1杯は最高でしょう。鴨川の川床といえば少々敷居が高いと思われるが、リーズナブルにランチを楽しめるお店も多いようです。

等間隔に座るカップルも鴨川の名物ですね。この現象が近年行動科学の分野で注目されているそうで、最新の研究によると、目に見えない縄張り「パーソナルスペース」が影響しているとのこと。両サイドに別の人がいれば両方のスペースを侵さないように真ん中ぐらいに座るため、結果的に等間隔になるのだとか。実際に鴨川に座っている人たちの間隔は1~2mだとのこと。「ソーシャルディスタンス」の時代にこの知識を覚えておくと、いろいろ役に立つかもしれませんね。

ただ、新型コロナ災禍の影響で、これら名物光景も鳴りを潜めているようです。京都の観光客はインバウンド花盛りだった2年前に比べ軒並み落ち込んでいます。京都市は人口減や財政赤字で青息吐息らしく、さっそく市バス・地下鉄の値上げが予定されており、この先どうなるんでしょうか・・・。


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1986年当時の京都市営地下鉄烏丸線。

烏丸線は1981年、京都-北大路間が新規開業。全廃された市電(路面電車)に代わり、京都初の地下鉄でした。その後、1988年に京都-竹田間、1997年までに北大路-国際会館前間が順次延伸され、現在の形になります。竹田延伸と同時に近鉄京都線との相互乗り入れも始まり、京都市中心部と京都府南部(宇治・京田辺・学研都市)そして奈良まで一本の電車で結ばれるようになりました。

「京都」という行先が懐かしいですね。烏丸線1次開業当初に導入された10系初期車は、本年度より順次新型車両に置き換えられる予定です。


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烏丸七条にある京都中央信用金庫のレトロな建物(2005年撮影)。

2階部分のアーチ状の丸い窓が特徴的で、何気に目を惹かれました。

1930年(昭和5年)に建てられ、現在本部の別館として活用されているようです。

七条通は京都駅前から北へ300mほどの位置にあるが、下町の庶民的な雰囲気の商店が軒を連ね、豪華な駅ビルとはまるで異なる世界が広がっているのが面白いです。

かつて、京都駅前に近鉄百貨店京都店(旧・丸物百貨店)のレトロな建物がありランドマークとしての存在感を誇っていたが、スクラップ&ビルドで京都ヨドバシに生まれ変わりました。


今朝、京阪神で雪が積もったので、雪景色の鴨川を。

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京都市の西のターミナル、四条大宮。

阪急京都線(大宮駅)と京福電鉄(嵐電)の乗換駅であり、市内各方面へのバスが賑やかに行き交います。昔、阪急京都線(旧・新京阪)の終点であり、「京阪京都」という駅名だったそうです。

ただ、近年四条大宮はターミナルとしての地位が低下しているようです。その理由の一つに、阪急の特急が大宮駅を通過するようになったと指摘されるが、他に近隣のJR山陰本線の二条駅が地下鉄東西線開通とともに再開発で急成長を見せ、ターミナル機能が四条大宮にとって代わられたようにも思われます。

さて、四条大宮の南東角にはターミナルにふさわしいバス広場があります。この広場は京阪バス専用であり、かつて本社も置かれ、山科・醍醐・大津・琵琶湖方面へのバスが発着していました。

しかし、近年はターミナルとしての地位も低下しており、【82】号経路(大宅行き)が毎時1本発着する程度で、せっかくの広い敷地も持て余し気味のようで、寂れている印象を受けます。

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国鉄時代末期の京都駅山陰本線ホームの様子です。
今と違って、ホームは開放的で、北近畿(丹後・若狭・但馬)や山陰への旅情を感じさせる雰囲気でした。もちろん電化前なので、気動車や客車列車が出入りしていました。

少し前までは旧型客車の長距離鈍行(米子・出雲市・浜田行き)があったけど、50系・12系に置き換えられるとともに福知山折り返しに短縮されました。客車列車も園部電化までに全廃されました。


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京都駅前(烏丸口)に並ぶJRバス3連です!
いすゞ・キュービック、三菱エアロスターMなど、今では懐かしい車両ばかりですね。

京都駅の巨大ビルは古都の景観にはあまり似合わないと思います。

2007年といえば京都近鉄百貨店(旧・丸物)が閉店になったんですよね。あの大正レトロな建物も残念ながら取り壊されてしまい、跡地にヨドバシがオープン。京都駅前も梅田や新宿と似たり寄ったりな繁華街に変わってしまったようです。


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鴨川の初夏といえば、川床。

今年はコロナ災禍の影響で、 川床開きは微妙なようですが、さて・・・


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京都御苑南東角に鎮座する下御霊神社(しもごりょうじんじゃ)。

下御霊神社は、御霊八所の神、霊元天皇、山崎闇斎(やまざきあんざい)を祀り、疫病災厄から朝廷と都民を守護する神社とされています。

平安時代は、貴族文化が絶頂を迎える裏側で、災害や疫病の流行が繰り返し起こった不安な時代もありました。医学や科学が未発達の時代において、当時の人々は次々に起こる災いの原因を貴人の怨霊がもたらすものと考え、御霊(ごりょう)として祀り慰め申し上げることにより、災禍からお守りいただこうと御霊会(ごりょうえ)を行うようになったようです。

御霊会ははじめ、京の洛外各地で御霊が祀られていましたが、後にまとめて八所御霊としてお祀りすることで御神徳が高まると考えられ、洛中に下御霊神社が創建されたと考えられています。

平安時代当時の疫病に、咳逆(新型インフルエンザのようなもの?)・天然痘・赤痢などが挙げられ、医学が未発達だった当時、多くの人が亡くなりました。さらに最大の都市・平安京において、人口密度に比例して感染力も凄まじく、全くなす術が無かっただけに、人々は疫病に怖れおののき、切なる願いから御霊信仰が広まっていっただろう、とされています。

科学技術や医学が飛躍的に進歩した現代の文明社会においても、われわれ人類は疫病の脅威からなかなか解放されませんね。それどころか、HIV、鳥インフル、SARS、そして新型コロナウイルス肺炎など、次から次へと新しい疫病が生まれています。最も今では、ワクチンや特効薬も開発されてて、致死率の低下も現実的に可能ではありますが。今般の新型コロナ災禍が引き起こす社会混乱の中、下御霊神社の創建に至る歴史的背景には深いものを感ぜざるを得ません。

トップの画像は2004年早春、寺町通をぶらり撮り歩いていたときのもの。あまり深く思いもせずに御霊神社の境内を撮らせていただきましたが、創建の由緒と歴史的背景を調べてみると、まさに今の新型コロナ騒ぎの社会情勢と重なるものがあると見えます。


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京都駅のJR奈良線ホーム(10番のりば)天井にぶら下がっている路線案内図。

奈良線を中心に周辺各路線(関西本線、片町線、桜井線ほか)がご丁寧に描かれています。
いかにも昭和テイストな書体で、国鉄時代に設置されたものと思われます。
撮影は2009年で、平成になってもなぜか存置されていたが、今も残っているんでしょうか?
「至名古屋」「至白浜・串本」表示も入っており、かつて急行【しらはま】が奈良・桜井・和歌山線経由で運転されていた名残でしょう。


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この冬、記録的暖冬で全国的に雪不足のようですね。
あまり冬らしさが感じられないので・・・。
 


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久しぶりに三条京阪のアンスリーで購入しました。

萩乃家さんはかつて京都駅で駅弁販売していました。京のおばんざいらしいあっさり上品さで人気だったが、JRから立ち退きを強いられ、今では入手困難となっています。

しかし、今でも萩乃家の弁当を購入できる場所はあります。それは京阪三条・出町柳のアンスリーです。京阪のコンビニであるアンスリーは本当に良心的ですね。御料理弁当(540円)が販売されるが、数量限定ゆえ売り切れることも多いので、早めに店へ寄るほうがよいです。花見・紅葉や観光シーズンには、出町柳のアンスリーで他の豪華な弁当も売り出されます。せっかくなので、特急のプレミアムカーで食事する人向けに大阪淀屋橋・京橋のアンスリーでも売ってもらえないでしょうかね?  特に淀屋橋周辺で食事できるところは少ないので。

萩乃家さんの弁当を確実に入手するには、京都駅前の店舗に前日まで予約を入れることでしょう。
 


京都市街地の南北の通りの一つ、寺町通。

南は五条通から北は紫明通まで続きます。

通りの東側に寺院が集積していることから「寺町通」という名前が付いており、東の御土居に沿っています。寺町通は三条通を境目に、少しずれがあります(寺町三条にある誓願寺が北の上京区から移されたため)。三条通以北は平安京の東京極大路にあたり、また京都御苑の東を限る通りにもなっています。

寺町通は、南側から順に、まず高辻通~四条通間は電気街になっていて、京都の秋葉原や日本橋というべき雰囲気となっています。四条通から三条通を挟み御池通までの区間は、アーケードの商店街で、日中は歩行者天国です。ただ、三条通を境目に南と北では雰囲気が異なっており、北側は寺町専門店街、南側はファッションや飲食店、若者好みの店がずらりと並んでいます。二条通~丸太町通間は古美術店、画廊や古書店などが並び、所々におしゃれな喫茶店やベーカリーショップも目立ちます。丸太町通以北は東側に寺が集まり、西側は京都御苑で、本当の「寺町通」と言うべき様子です。

かつて、二条通から今出川通にかけて、京都電気鉄道寺町線(→京都市電)の路面電車が走っていました。

寺町通全体の印象としては、御池通以北は落ち着いた感じの「渋い」雰囲気、以南は他の大都市の繁華街とあまり変わらない雰囲気と言えます。


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京都駅30番ホームに停車中の281系「ハローキティはるか」です。

京都駅は外国人観光客やインバウンドで終日人混みが激しくなっています。関空特急<はるか>も一時期、利用客が伸び悩んでいたが、近年のインバウンドで利用状況が好転しているため、増結用の271系が竣工したばかり。<はるか>のりばは嵯峨野線(山陰本線)ホームと隣接しています。今から30年ほど前、山陰本線ホームには福知山・舞鶴・鳥取・米子方面への気動車・客車が行き来する、山陰への旅情を誘い込む汽車の雰囲気だったが、<はるか>運転開始および京都駅ビル開業を機に、国際観光都市の玄関にふさわしい佇まいに大きく変貌しました。


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四条河原町阪急の入っていた京都住友ビルディング。

2010年8月、四条河原町阪急閉店ののち、翌年2011年に京都マルイがオープン。
建物外観は落ち着いた薄茶色で、京都の景観イメージに配慮したものとなっており、好感が持てます。
7・8階のレストラン街「モザイクダイニング」は、阪急商業開発による事業展開のようです。
四条河原町阪急の象徴だった正面入口の「世界地図」もちゃんと残されています。
写真中央に映っている京都バスも、バックのマルイビルと見事に調和していますね。

上の写真は2015年撮影です。


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2010年8月に閉店した四条河原町阪急。

京都・四条通にはもとから高島屋と大丸が張り合い、阪急百貨店は今一つ存在感が薄かったように思います。阪急百貨店は河原町通を挟んで高島屋の向かい側(鴨川寄り)にあったが、高島屋とは対照的に、あまり流行っていなかった印象です。大阪・梅田では華やかで誇り高い「阪急」ブランドも、京都には馴染まなかったのかもしれません。四条河原町での阪急が後発で、かつ売り場面積が狭いということも苦戦の原因だったようです。後年東京からJR京都駅ビルに進出してきた伊勢丹の影響も決して小さくはないでしょう。JR伊勢丹は四条河原町周辺の百貨店や商店街に脅威を及ぼす黒船でした。京都駅前では一人勝ちし、その成功に調子に乗り、JR大阪駅ビルにも(三越)伊勢丹を進出させます。しかし、大阪駅・梅田では阪急・阪神・大丸の関西ブランド連合には叶わず、撤退に追い込まれましたね。

四条河原町阪急入口の大時計は、「待ち合わせの目印」としての存在意義は大きかったようです。

阪急百貨店撤退後、その建物にはマルイが進出しています。マルイもやはり高島屋に比べたら、今一つカジュアルチックな感じですね。


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烏丸通西側(烏丸七条~烏丸花屋町)に面する大きな寺院、東本願寺。
京都駅から徒歩10分程度のところにあり、アクセスは便利です。

東本願寺は、浄土真宗「真宗大谷派」の本山で、「真宗本廊」と言います。浄土真宗の教えである本願念仏を説いた親鸞聖人を本尊とし、御影堂に親鸞聖人の御真影、阿弥陀堂にはご本尊の阿弥陀如来が安置されています。親鸞聖人亡きあと、聖人の墳墓の地に御真影を安置する廊堂が建てられ、これが東本願寺の始まりとされています。

東本願寺の向かい、烏丸通の東側には旅館や仏具店などが並んでおり、昔ながらの京都らしさが残っています。この界隈も、今は外国人観光客ラッシュでどうなっていることでしょうか?

東本願寺があれば、当然のことながら西本願寺(本願寺派)があります。西本願寺と東本願寺は、もともと一つの「本願寺」だったのが、時の権力(幕府)によって勢力分散させられたものだとされています。西本願寺は堀川通・大宮通・七条通に挟まれた一画にあり、龍谷大学大宮キャンパスと隣接しています。


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高架化されたJR山陰本線(嵯峨野線)・二条駅ホームより。
嵯峨野・愛宕の山並みを望遠で撮ってみました。

二条駅といえば、旧・木造駅舎で有名ですね。 荘厳な社寺を彷彿とさせる造りが印象的でした。

30年ほど前まで、嵯峨野線は非電化で、気動車・客車がのんびり行き交うローカル線でした。
しかし、電化後は高架化・複線化が進み、都市鉄道への変貌を遂げ、
今では嵯峨野・嵐山方面への観光客が殺到するようになって、とても混雑しています。
さらに、地下鉄東西線開通も手伝って、二条駅は京都市の西のターミナルとして
賑やかになりました。

高架化完成後、二条駅の木造駅舎は移築され、梅小路蒸気機関車館(京都鉄道博物館)の
資料展示館として活用されています。

二条駅周辺の史跡名所に、二条城、朱雀門跡などが挙げられます。


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この構図で京都タワーを見ると、まるでロケットのようですね。



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何気に撮った新幹線の写真です(2014年)。
「青春18きっぷ」で北陸旅行のとき、京都-米原間を新幹線でワープ。
車両形式は不明ですが、米原に停車するので<ひかり>のはずです。

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