カテゴリ:街角点描・地域別【京都・滋賀・若狭路】 > 京都御苑・西陣・北野天満宮


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京都・堀川通に面する市バス停留所の1カット。確か「堀川下立売」「堀川中立売」あたりだったと思います。

小学校入学までの頃、時々三条京阪からここまでバスで通っていたのを覚えています。市バスの停留所標識そのものは今もあまり変わっていないが、50○標識の下にある「高速車」の補助標識が懐かしいですね。
 


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京都市街地最北端の北区西賀茂地区。

千本北大路(佛教大学)や北山通から奥へ入ったところにあり、閑静な郊外住宅地です。北山連山が間近に迫るやや標高の高い地形で(京都駅から市街地を北へ進むと、緩やかな坂で標高を上げていることが実感されよう)、西には釈迦谷山や船山、反対の東側には比叡山が拝めます。

賀茂川が西賀茂を含む賀茂地域を北西から南東へ斜め切り、対岸の傍に上賀茂神社が鎮座しています(上賀茂神社の名物といえば、やきもちですね)。西賀茂地区から京都府道38号線を北へ進むと鞍馬・貴船、さらに山奥へ突き進んで「左京区の僻地」花背・広河原、そして美山や若狭小浜に達します。

市バス西賀茂営業所が立地するため、バスの往来は賑やかで、京都駅・四条河原町・出町柳駅から西賀茂車庫までのバスが運行されています。私個人的に、四条河原町・三条京阪からの【37】系統がお気に入りで、下鴨神社前の葵橋から賀茂川西岸(加茂街道)の桜並木(「志波む桜」と呼ぶそうだ)を抜けて行く辺りの景色が最高です。


京都西陣の一角にある千本ゑんま堂(引接寺)。

千本通の商店街に面しており、いわば閻魔(えんま)法王をご本尊としている珍しいお寺ですね。

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閻魔様といえば、「嘘つきは舌を抜く」と子どもの頃に教えられた言葉を連想されるかもしれません。確かに怖いお顔で地獄の支配者というイメージでしょう。しかし、閻魔様は実は私たちに最も身近な仏様なのです。この世とあの世の間、地獄と極楽の間にいる裁判官で、人間界を見守ってくださっているのだとか。

千本ゑんま堂には、「あの世とこの世が交わるところ」という縁起があります。時は西暦850年ごろ。平安京造営から50年ほどですね。現在の西陣付近にあたる朱雀大路の北側は平安京三大葬送地の一つ、「蓮台野(れんだいの)」と呼ばれ、死屍累々の光景が広がっていたと言われます(当時、一般庶民には墓はなく、死骸は地で野ざらしにされるしかなかった)。

百人一首にも登場する小野篁(おののたかむら)は、この凄惨な状態を憂い、昼はこの世で朝廷に、夜はあの世で閻魔法王に仕えていたと伝えられています。篁卿が閻魔法王の姿を刻み建立したしたのが、この「ゑんま堂」の起こりと言われます。
 
「千本」という地名の由来も、このゑんま堂との関連性が深く、死骸を葬った際に建立された石仏や卒塔婆が何本も無数にあったことによるものとされています。

千本ゑんま堂への交通アクセスは、市バス「千本鞍馬口」下車すぐ。周辺には船岡山や船岡温泉などの見どころがあります。


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京都市北区鷹峯(たかがみね)にて。

京都市街地の北西角、北山連山との境目にあたり、千本北大路・佛教大学から北へ1kmほどの地点。「鷹峯」という地名が示すように、山の斜面に広がる小高い住宅地です。ここから東に向かって大文字山を見渡すことも可能です。

ここは確か平安京の「御土居」を越えたあたりで、ちょうど都市部(洛中)と郊外(洛外)との境目に当たりますね。

この界隈に「釈迦谷口」バス停・交差点があります。京都市バス【6】系統が京都駅・四条大宮から千本通を北に向かい、鷹峯地区まで来ています(千本通を北へ走ると、緩やかな坂が続き、京都市街地は北へ行くほど標高が上がる地形)。この「釈迦谷口」交差点の地点から奥のほうに釈迦谷山(290m)があります。

近くに源光庵・光悦寺・常照寺などの古刹寺院が集まります。町外れの侘しい雰囲気が魅力で、隠れた紅葉の名所でもあります。


京都・船岡山の南麓にある船岡温泉

この辺りは西陣と呼ばれる町であり、船岡温泉はいわゆる町の銭湯ですが、国登録の有形文化財に指定されています。

船岡温泉は大正年間、木造2階建ての料理旅館「船岡楼」の付属浴場と営業開始したことに始まります。当時は温泉の出なかった京都で何とか「温泉」の許可を取ろうと、1933年に日本で初めての電気風呂を導入し、「特殊船岡温泉」として許可をもらったとのこと。

いかにも料理旅館の雰囲気で少し敷居が高いと感じなくもないが、入浴料は大人430円で誰でも気軽に入りやすそうですね。

周辺には金閣寺、大徳寺、北野天満宮、平野神社、その他観光名所が多数存在します。

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何となく撮った烏丸今出川付近のスナップです。

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周辺には、京都御苑や同志社大学(今出川キャンパス)があります。

ここで地下鉄烏丸線から市バス203系統に乗り換え、北野白梅町まで乗車。
203系統は行楽・花見客で大混雑でした。
外出自粛ムードの今春は、空いていることでしょう。


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北野白梅町から嵐電北野線に乗り換え、嵐山に。嵐電もやはり混雑でしたね。
鳴滝~宇多野間の「桜のトンネル」は有名で、お花見シーズンにはライトアップも。
今年度より、桜メンテナンスのため、当面ライトアップ休止予定のようです。


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京都市北区の船岡山公園。

船岡山は京都市街地北縁(千本北大路東側)に位置する標高112mの小高い山。その山(丘)の形が船に似ていることから「船岡」と呼ばれるようになったそうです。船岡山から京都市街地・京都盆地が一望できます。

船岡山公園は船岡山の北側麓にあり、北大路通に面しています。北大路通の向かいには、大徳寺・今宮神社などの寺社が集積。五山の一つである左大文字山とは目と鼻の先で、送り火鑑賞の定番スポットです。

公園内の野外劇場らしき、美しい扇形のコンクリート設備が少し気になりました。休日なのに人影はまばら。ここでコンサートや劇が開演されることはあるのでしょうか?


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京都市街地(洛中)こと西陣と呼ばれる地の北西に建つ北野天満宮。

北野天満宮は、菅原道真公をご祭神としておまつりする全国約12,000社の天満宮・天神社の総本山です。学問の神様でもあり、梅の名所として知られ、「北野の天神さん」「北野さん」として親しまれています。

この北野と呼ばれる地は、都の守護をつかさどる四方の北西、「乾」の地として重要な場所とされ、天地すべての神々「天神地紙」をおまつりした地主社が建てられました。そしてここは、「天のエネルギーが満ちる聖地」として信仰されるようになり、道真公がおまつりされると霊験がさらに増し、「天神信仰」発祥の地と呼ばれるようになったとのこと。

北野天満宮へは、京都市バス(北野天満宮前下車)、または京福電車(北野白梅町駅より徒歩5分)が便利です。


京都市街地の南北の通りの一つ、寺町通。

南は五条通から北は紫明通まで続きます。

通りの東側に寺院が集積していることから「寺町通」という名前が付いており、東の御土居に沿っています。寺町通は三条通を境目に、少しずれがあります(寺町三条にある誓願寺が北の上京区から移されたため)。三条通以北は平安京の東京極大路にあたり、また京都御苑の東を限る通りにもなっています。

寺町通は、南側から順に、まず高辻通~四条通間は電気街になっていて、京都の秋葉原や日本橋というべき雰囲気となっています。四条通から三条通を挟み御池通までの区間は、アーケードの商店街で、日中は歩行者天国です。ただ、三条通を境目に南と北では雰囲気が異なっており、北側は寺町専門店街、南側はファッションや飲食店、若者好みの店がずらりと並んでいます。二条通~丸太町通間は古美術店、画廊や古書店などが並び、所々におしゃれな喫茶店やベーカリーショップも目立ちます。丸太町通以北は東側に寺が集まり、西側は京都御苑で、本当の「寺町通」と言うべき様子です。

かつて、二条通から今出川通にかけて、京都電気鉄道寺町線(→京都市電)の路面電車が走っていました。

寺町通全体の印象としては、御池通以北は落ち着いた感じの「渋い」雰囲気、以南は他の大都市の繁華街とあまり変わらない雰囲気と言えます。


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京都・西陣のあられ処、「宗禅」本店前です。寺之内通に面しています。

「西陣」という地名は、応仁の乱(1466-1477)が終わったあと、山名宗全公率いる西軍がこの地を構えたことに由来するとされています。もともと、「西陣」と呼ばれる一帯は、織物の町として栄え、宮廷の織物作りから始まったと言われています。応仁の乱後、西陣の地で織物作りを再開、「西陣織」として、今日に至るまで連綿と発展を続けてきました。


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上京区寺之内にある京都市立乾隆(けんりゅう)小学校。
千本通東入る、西陣地域の北側にあたり、周辺には船岡山や北野天満宮などがあります。
乾隆小学校は、1869年(明治2年)上京第一番組小学校として開校、今年2019年で150周年を迎えます。
 


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京都市北区の地下鉄北大路駅前にVIVRE健在です!

VIVREといえば、マイカル(ニチイ)系列の高級スーパー。かつて京都河原町・枚方・北千里・奈良などに店舗があったが、イオングループへの合併の動きで軒並み消滅。なぜか北大路にVIVREが奇跡的に残っています。ただし、1階食料品売場はイオン系列のKOHYOとなっています。

VIVREはファッション関係に強く、昔枚方のVIVREでよく服を買っていたし、河原町のVIVREでLevi'sのジーンズを買ったこともあります。しかし、近年ユニクロなどに押され、総合スーパーの衣料品関係は昔に比べて野暮ったくなったような感じがあり、苦戦している模様。枚方のVIVREもSATYに商号を改めたのち、イオンになったが、やはり開業当初に比べてつまらなくなったように思います。


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京都市街地の北西(千本北大路付近)にある小高い山、船岡山(標高111.89m)。
その船の形に似た優美な山の姿から「船岡山」という名前が付いたそうです。

風水思想に基づき、船岡山と京田辺市の神奈備山を結ぶ南北直線を中心軸(朱雀大路)にして、平安京が造営されたと言われています。船岡山の真南に大極殿が置かれました。

平安朝の時代、枕草子で「丘は船岡・・・」と歌われるなど、大宮人の清遊の地として親しまれました。

戦国時代の応仁の乱のとき、船岡山が西軍の陣地となり、これに由来して船岡山周辺一帯の地域は「西陣」と呼ばれています。

船岡山の頂上付近から南側方向へは、京都市街地一帯が俯瞰できます。
天気の良い日には、天王山に連なる西山の山並み、淀川を挟んで対峙する天王山と対峙する男山と南東方向へ連なって神奈備山(221.0m)さらに生駒山あたりまでが展望できます。あべのハスカルまで見えるかどうかは微妙なところでしょうか?? 

船岡山の東側は織田信長公をお祀りする建勲神社の境内、西側は船岡山公園が整備されています。

船岡山から西へおよそ1kmのところに金閣寺が左大文字山があります。

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京都西陣界隈(主に上京区千本今出川付近)の写真を適当にアップしてみました。
このあたりは西陣織の産業が盛んな地域ゆえ、「西陣」という名前が付いています。
庶民的な下町の雰囲気で、有名寺社仏閣とは異なる趣が魅力です。

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京都・出町枡形商店街です。

出町商店街といえば、「出町ふたば」の豆餅が有名ですね。
店頭に老若男女問わず長~い行列を作っていました。

京都の商店街といえば錦市場が有名ですが、出町商店街のように地域住民とともにがんばっているところも歩いてみるとなかなか楽しいもので、応援したくなります。

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