カテゴリ: 街角点描・地域別【北近畿】


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岡山県倉敷市と京都府福知山市を結ぶ国道429号線。途中岡山県津山市・兵庫県宍粟市・朝来市などを経由し、中国山地・近畿北部有数の「酷道」として知られています。

京都府(福知山市)区間の画像をアップしました。京都府区間は距離にして総延長(200km以上)の1割にも満たないが、京都・兵庫府県境の榎峠付近は「酷道」区間の一つで、なかなかの濃厚さがあります。


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兵庫県新温泉町(旧・浜坂町)諸寄にて。

山陰海岸ジオラマパークの絶景が広がり、鳥取県との境界も間近なところです。諸寄漁港ではイカ・カレイ・カニが盛んなようです。

当日、100ccのスクーターで暑い炎天下を遠征中でした。海水浴を楽しんでいる姿が羨ましかったですね。

冬場は大陸からの季節風で荒れた表情に一変するのでしょう。


西舞鶴駅の今昔比較をしてみました。

【1988年当時の西舞鶴駅】
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ローカル線の主要駅という佇まいでした。当時、駅弁販売もありました。

【建替え後の西舞鶴駅(2009年当時)】

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舞鶴線は電化されました。宮津線は北近畿タンゴ鉄道(→京都丹後鉄道)に転換。まるで新幹線の駅かと思うほど、駅本屋だけ無駄に大きくなっている印象を受けます。
 
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北近畿タンゴ鉄道宮津線のりば
駅前周辺は綺麗に整備されたものの、ローカル線の駅に不似合いなような



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1988年の天橋立駅にて。天橋立といえば日本三景で有名ですね。

JR宮津線時代で、キハ58系やキハ47が止まっていました。国鉄時代の面影が濃厚でしたね。

宮津線は1990年4月より、北近畿タンゴ鉄道に転換されます。北近畿タンゴ鉄道は、京都丹後鉄道に社名が変わりました。 


高架化前の福知山駅にて(1996年撮影)。山陰本線園部-綾部間電化開業間もない頃でした。

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113系普通列車城崎行き 左の5番線に止まっている117系も懐かしい

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山陰本線園部-綾部間電化時に登場した113系5300番台ワンマン

地上時代の福知山駅構内には大江山名物・鬼そばのお店があったと記憶しています。駅弁も販売されていました。夜行急行【だいせん】到着時の駅弁立ち売りも名物の光景だったそうですね。高架化後、ごく普通の郊外駅のような佇まいに変わり、物足りなさすら感じます。長距離列車や夜行列車も完全に姿を消してしまったことですし。

駅構内南側には福知山運転所(旧・福知山機関区)があり、気動車やディーゼル機関車が所属していました。国鉄時代は旧型客車も多くて賑わい、鉄道の町として活気を呈していたことでしょう。電化区間拡大に伴い、福知山の車両基地(電車区)は駅から数キロ西へ離れた場所に移転しました。


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JR山陰本線で鳥取へ向かう道中、なぜかこんな車窓風景を撮っていました。和田山で進行方向左側から寄って来る播但線の線路のようです。

播但線といえば、竹田城で有名ですね。和田山駅から姫路方へ一つ目、竹田駅下車で、特急【はまかぜ】も停車します。
 


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確か京都府京丹後市網野町磯だったと思います。

子午線最北端の地から、西へ1kmほどの地点にある集落です。

網野町磯は、地形的には日本海(山陰海岸)に面し後背を山に囲まれた水際の集落。海岸段丘が発達し、民家の並びに何かしらの特徴があるように見えます。磯は静御前(しずかごぜん)とその母・磯禅師の生誕地として知られ、数々の史跡(静神社など)が残っているようです。

同じ旧・網野町でも、浜詰海水浴場や琴引浜などとは異なり、やや険しい地形の表情をしているのが興味深いです。


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城崎の温泉街を走る山陰本線キハ47です。
このワインレッド色も過去のものに(今は「タラコ色」ばかりですね)。
 


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京都府宮津市の玄関、京都丹後鉄道宮津駅前です(当時は北近畿タンゴ鉄道でした)。

宮津市といえば、日本三景で有名な天橋立でしょう。

宮津線(西舞鶴-豊岡)と宮福線(福知山-宮津)の接点。京都・大阪方面と天橋立・網野を結ぶ特急列車は福知山から宮福線を経由、宮津でスイッチバックして宮津線に直通します。天橋立は宮津の次です。

宮津駅は観光客よりも地元・用務・ビジネス客が多く、駅前には食堂・喫茶店が2・3軒あったと思います。

宮津駅前から大阪梅田行きの高速バス(阪急バス、丹海バス)なども発着します。 


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2年連続で「我慢のGW」を強いられ疲れるので、初夏の丹後の海辺の風景を上げてみました。
時折打ち寄せる小波が気持ち良さそうですね。
 


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兵庫県養父市大屋町にて。

鉢伏高原・氷ノ山から南東に連なる山間部の静かな町です。養父市街地の国道9号または北近畿豊岡道から、清流・大屋川に寄り添い兵庫県道6号を西へ15kmほど奥へ入った位置にあります(鉄道利用の場合、JR山陰本線養父駅から全但バス)。

大屋町は雪の多い山あいの条件を生かして古くから養蚕が盛んで、大杉地区を中心に独特の養蚕農家(中3階建ての特徴ある構造をもつ)が多く残っているようです。冬はスキー、春から秋の穏やかな季節には川遊び・魚つかみ(あゆ公園)やキャンプ・BBQ、星空観察ほか、四季の自然とともに休暇を満喫できるエリアです。

大屋町といえば、かつて日本のスズ鉱山として栄え、日本遺産に認定された史跡・「明延鉱山」も忘れてはならないでしょう。鉱山内には「一円電車」が走るなど、ユニークな史跡公園のようで、ここも訪れる価値はありそうですね。

大屋町中心部から大屋川の上流に向かって県道48号線を西へ進めば、養蚕農家が多く残る大杉地区を経て峠区間に差し掛かり、但馬・播磨国境。兵庫県最高峰の氷ノ山(1510m)を間近に控えていることからかなりの標高地点であり、峠の前後付近ではゲレンデが散見され、豪雪地帯と実感されます。この先、程なくして宍粟市波賀町の国道29号線交点に達し、鳥取県境の戸倉峠も目と鼻の先です。このルートは全線にわたって走りやすく、京都・福知山方面から鳥取へ抜ける快適ドライブルートとしても使えそうです。

* * * *

お隣の鉢伏高原(養父市関宮町)へは、中学・高校の合宿学習で訪れたことがあります。私個人的に学校のキャンプ合宿の類にあまり良い印象はないが、鮎づかみは貴重な体験だったかなと思います(確か飯盒炊爨のカレーと一緒に味わった)。冬のスキーだったらもっと楽しかったことでしょう。


山陰本線鎧駅にて。

確かここで途中下車したと思います。なぜか「エーデル」(キハ65形改造)が止まっていました。

無人駅ですが、複雑な地形の山陰海岸の入江に面しており、景色は抜群! 四国の下灘駅といい勝負だと思いますね。

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2002年夏、バイクで丹後半島の内側を巡ってみました。

京都府京丹後市の大宮町五十河というところに、小野小町公園と墓を見物してみました。

比較的近年に整備されたものようで、入れ物だけ立派で目を惹くものはない、という印象を受けましたね。人影もなく寂しいところでした。

小野小町といえば、言わずと知れた平安時代の女流歌人。

ただ生誕地や出自、詳しい系譜など不明なことも多く、さまざまな諸説があります。

小野小町の墓は全国に何箇所もあるようですが、どれが本物なのかは分かっていないそうですね。京丹後市大宮町は小町終焉の地であるとされており、小町公園が整備されることになったのでしょう。

小野小町の墓

小町の里



京都府北部の内陸都市、綾部市。

綾部市は福知山盆地の東側に位置。京都府北部を代表する2大都市、福知山・舞鶴の中間という位置関係にあって、JR山陰本線・舞鶴線が分岐し、また京都縦貫道と舞鶴若狭道の交わる北近畿の交通の要衝の一つ。しかし、市内東部の大半は丹波高地の山間部が占めているため人口は31,000人(2020年)と少なく、福知山や舞鶴に比べて地味な印象があるように感じます。

しかし、綾部はグンゼ発祥の地として有名。もともと絹織物・繊維・機械産業が盛んな地域です。JR綾部駅北口一帯はグンゼの社有地で、研究所・工場のほか、旧本社(グンゼ記念館)などが集積。

以下の画像は2003年秋、バイクで綾部市街地を訪れたときのものです。池田から一路R173を走りました。R173はかつては「酷道」だったそうですが、阪神地区と舞鶴・若狭方面を結ぶ幹線道路ということで改良が進み、全線にわたって走りやすくなりました。

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兵庫県北部(但馬地方)、香美町香住。

香住といえばカニで有名。関西では香住漁港で水揚げされるベニズワイガニを「香住ガニ」と呼ぶそうです。冬場はカニが主役のグルメ、夏は海水浴やマリンスポーツで京阪神から多くの観光客が訪れます。

香住の特産品は、ほかに活イカや水産加工品、銘酒・香住鶴なども挙げられます。そうそう、人気の但馬牛も忘れてはいけませんね(笑)

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北近畿タンゴ鉄道(現・京都丹後鉄道)宮福線で活躍する気動車たちです。
たぶん福知山駅だったと思います。

宮福線(福知山-宮津間)は、京阪神と宮津・天橋立方面を短絡する目的で、1988年7月宮福鉄道として開業。途中、鬼伝説で有名な大江町(福知山市)を通ります。その後、1990年のJR宮津線(西舞鶴-豊岡)第三セクターへの転換を前に、「北近畿タンゴ鉄道」に社名を変更、宮津線と宮福線が「北近畿タンゴ鉄道」に変わりました。

宮福線は1996年、山陰本線園部-綾部間電化開業と同時に電化され、京都・大阪方面と天橋立を結ぶ電車特急が運転されるようになります。

宮福線開業から電化までの8年間、大阪駅から福知山線・宮福線経由のキハ58系急行【みやづ】が「毎日運転の臨時列車」として運行されていました。


国道178号旧道、兵庫・鳥取県境の様子です。

「七坂八峠」と呼ぶそうです。

山陰海岸の絶景が魅力のドライブコースですが、東浜居組道路(七坂トンネル)の開通に伴い、県道に降格されました。東浜居組道路は自動車専用道のため、125cc以下の二輪や原付などは通行できません。旧道の七坂八峠を回ることになります。

訪問時期は2004年夏。まだ東浜居組道路開通前でした。100ccのスクーターで何とか鳥取県に入り、東浜海岸までたどり着き、一応海水浴気分を味わいました。

実はその前の1996年にも、50ccのスクーターでここまで来たことがあります。さすがに50ccでここまで日帰りはキツイです。

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兵庫県北部(但馬地方)の中心都市、豊岡市。北近畿(京都府・兵庫県北部)の主要都市の一つでもあります。

豊岡といえば、「かばんの町」で有名。城崎温泉や出石などの有名観光地も豊岡市に含まれます。

豊岡市の中心部・豊岡駅。豊岡駅にはJR山陰本線と京都丹後鉄道(旧・JR)宮津線が発着。兵庫県なのに「京都」を冠するのは、違和感があります。元は「北近畿タンゴ鉄道」でした。

さて、2010年当時の豊岡駅の写真をアップ。

普通列車(電車)の大半は既に223系5500番台に置き換えられるが、113系湘南色、キハ40系ワインレッド色、183系(旧485系)が健在でした。その後、特急型電車183系は287・289系に代替(その過程で一時的に381系が転用されるが)、顔ぶれがかなり入れ替わりました。

かつて、京都や大阪と鳥取・米子・出雲市方面を結ぶ長距離特急・急行列車、および客車鈍行などが行き交っていたが、電化などにより全廃されました。

豊岡駅構内には車両基地が併設され、山陰本線豊岡-鳥取間および播但線で活躍する気動車(キハ40系)が配置されています。

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来月で閉園の決まった加悦SL広場(京都府与謝野町)。

SL広場内に保存される客車「サハ3104」は、喫茶店・「CAFE蒸気屋」に活用されていました。
2017年夏に訪問のとき、ここでランチ&喫茶をいただきました。
サンドイッチセットは野菜たっぷりでなかなか美味かったですよ。

CAFE蒸気屋は2018年9月に閉店されたそうです。

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付け替え前の餘部鉄橋です。
銅製トレッスル橋で1912年(明治45年)3月1日開通、2010年に運用終了しました。
現在の餘部鉄橋はエクストラドリーズPC橋となっています。

旧・餘部鉄橋は、山が海に迫った複雑な地形に鉄道を開通させる明治期の難工事の産物で、歴史的建造物としての価値があります。日本海(山陰海岸)を背景に餘部鉄橋を渡る列車の風景は、人気の撮影構図ですね。

その反面、付近の地域住民には多くの落下物や騒音に悩まされたり、飛び降り自殺者もいたり、強風・悪天候時の列車運行に支障をきたすなどの問題が山積みでした。その意味で、新橋梁への付け替えはやむを得ないでしょう。

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