カテゴリ: 街角点描【交通】


DSC_0009a

近鉄生駒駅前に停車中の奈良交通ブルーリボンシティ・田原台行き。

上の連絡デッキの柵に「生駒ゑびす祭り」(往馬大社・生駒神社)の垂れ幕が掲げられていますね。正月の祝賀気分の余韻が残る、ちょうど鏡開きの頃だったと思います。

当日、ここから田原台行きのバスに乗車し、京阪バス【18】号経路に乗り継いで、私市まで移動しました。 京阪交野線(旧・信貴生駒電鉄)はもともと枚方と生駒を磐船街道に沿って結び、さらに現在の近鉄生駒線とつなげる計画だったが、私市から先の山峡地形に阻まれて実現しませんでした。


京阪電車樟葉-橋本間の樟葉台場跡付近にて(2009年当時)。大阪府枚方市と京都府八幡市との府県境で、地形的には淀川を挟んで男山と天王山の間の地峡部にあたります。

ここは一昔前まで、のどかな田園風景が一面に広がり、時代が止まったような場所でした。

2012年ごろより、国史樟葉台場跡公園の整備と宅地開発が進み、そしてマツモトというスーパーも開店するなど、風景がガラッと変わってしまいました。

併せて「山手幹線」が橋本まで伸びてきて、旧国道1号線(京都守口線)と接続(「橋本小金川」交差点)。開発の波は府境を跨いで橋本駅前にも押し寄せ、高層マンションも建つ予定です。

PC130001
8000系特急 旧カラー


PC130002
旧カラーの1000系

 PC130004
旧カラーの2400系 屋根上のクーラーキセの形が特徴的

PC130006
中之島線開通のエースだった新・3000系快速急行
6号車は2021年より「プレミアムカー」に変更されている

PC130014
新カラーに塗り替えられた9000系 8連姿も地味に懐かしい

PC130017
今度のダイヤ改正で引退と噂される2200系


DSCN4735

DSCN4738

岡山県倉敷市と京都府福知山市を結ぶ国道429号線。途中岡山県津山市・兵庫県宍粟市・朝来市などを経由し、中国山地・近畿北部有数の「酷道」として知られています。

京都府(福知山市)区間の画像をアップしました。京都府区間は距離にして総延長(200km以上)の1割にも満たないが、京都・兵庫府県境の榎峠付近は「酷道」区間の一つで、なかなかの濃厚さがあります。


tsukigaseguchi1996-1

JR関西本線・月ヶ瀬口(京都府相楽郡南山城村)にて。

キハ58・65急行【かすが】奈良行きとキハ120普通列車亀山行きとの交換です。
 


P7220107

広島電鉄750形762号です。750形は元・大阪市電1601形・1651形・1801形。762号は元1652号で750形唯一の現役車両です。当車両は大阪大空襲被災車両でもあり、これが原爆の地・広島で活躍しているとは意味深いものがありますね。


hamaotsu2001-1

浜大津港に停船中の琵琶湖汽船「ビアンカ」(2001年)。

琵琶湖汽船にはミシガン・ビアンカなど数種類の船があるが、ビアンカは琵琶湖最大の豪華船。エンターテインメント船のミシガンとは異なり、イベント・パーティーとともに琵琶湖クルーズを楽しむことができます。

ビアンカはバブル経済絶頂期の1990年に進水。ちなみにミシガンは1982年の進水です。
 


DSCF0026

南海高野線・泉北高速鉄道中百舌鳥(なかもず)駅南東の踏切(堺市北区)。

高野線と泉北高速線の並走区間にあたるため(線路は上下合わせて4本)、「開かず」状態が発生しやすい箇所。交通安全・円滑化のために高架化が望まれるところでしょう。

泉北高速線は起点・中百舌鳥駅を出発すると、高野線(河内長野・高野山行き)としばし並走ののち、地下に潜って高野線と分かれ、白鷺公園敷地内で地上に出て、終点・和泉中央まで高架区間が続きます。

中百舌鳥には南海・泉北に加え、地下鉄(大阪メトロ)御堂筋線も乗り入れています(当駅が御堂筋線の終点)。大阪市内へは、天王寺・梅田・新大阪は御堂筋線、天下茶屋・新今宮・なんばは南海という使い分けをすれば便利でしょう。大阪府立大学の最寄ターミナル駅でもあり、学生が多いです(実際には高野線の白鷺駅が距離的に最短ですが)。そのためか、さりげにラーメン激戦区のようでもあります。
 


chitose-airport1981

旧・千歳空港です。国鉄千歳線の車窓からだったと思います。手前の道路は国道36号線ですね。

国鉄千歳空港駅(→南千歳駅)が開業して間もない頃でした。旧・千歳空港駅は国鉄初の空港連絡駅で、1980年10月千歳線電化と同日開業。当駅には千歳線のほか、道東(十勝・釧路方面)と連絡する石勝線が分岐しています。

もともと本州・北海道間の交通手段は鉄道(青函連絡船経由)が多かったが、旅客航空機の発達に伴い、鉄道のシェアは急低下。そこで、国鉄北海道当局としても千歳空港を北海道の玄関口と位置づけ、本州・北海道間の移動は航空機に託し、道内の国鉄線だけでも利用してもらおうという現実路線を打ち出し、千歳空港駅を開業させました。

その後、1992年には隣接する場所に新千歳空港が開港、旅客機は全て新千歳発着に変更されました。これに合わせ、旧・千歳空港駅は「南千歳」に改称されました。同時に現・南千歳駅から新千歳空港への支線が開通し、空港直結機能が強化されました。

旧・千歳空港は現在も「千歳飛行場」こと航空自衛隊千歳基地として使われており、新千歳空港とは法的に別の飛行場です。


shingu-udono1996-2

和歌山・三重の県境でもある熊野川は、紀勢本線の絶景ポイントの一つ。ちょうどタイミングよく、キハ85系【ワイドビュー南紀】の姿を押さえることができました。キハ58系(普通列車)が来たら、最高だったんですが(笑)

あの頃、バイクで紀伊半島縦断の旅によく走り回っていました。R168(十津川街道)を南下し、新宮からR42で東紀州(熊野市・尾鷲方面)を北上するのが、当時の私のルーチンのようなものでした。新宮の駅弁もとても美味しかったです(残念ながら廃業)。


P8010050a

大阪府枚方市と京都府八幡市との境界標識です。

樟葉・男山の住宅密集地帯で、どこか府県境なのかわかりにくいですね。


DSCF0132

2003年当時のJR関西本線・佐那具(さなぐ)駅前(三重県伊賀市)。

重厚な瓦屋根の駅舎が目に留まりました。この佇まいは今も変わっていないようです。

佐那具はかつて、大和街道(伊賀越奈良道)の宿場町として栄えたようです。現在の国道25号線と関西本線がこの大和街道の流れを受け継いでいますね。 

「佐那具」の地名の由来は、百済の佐奈宣氏の一族が一帯の渡来開発を行ったことにちなむとされています。


kyoto-shibasu1979-1

京都・堀川通に面する市バス停留所の1カット。確か「堀川下立売」「堀川中立売」あたりだったと思います。

小学校入学までの頃、時々三条京阪からここまでバスで通っていたのを覚えています。市バスの停留所標識そのものは今もあまり変わっていないが、50○標識の下にある「高速車」の補助標識が懐かしいですね。
 


P8310060

P8310061

ここから三国芦原線の終点・三国港まで往復乗車しました。

福井駅は当時地上駅だったが、翌年2015年から高架化され、2018年まで北陸新幹線用の高架橋を仮使用していました。2024年までに北陸新幹線の金沢-敦賀間が開業する予定です。

えちぜん鉄道は元々京福電鉄。京福電鉄といえば京都唯一の路面電車こと「嵐電」を連想される方も多いと思うが、かつて福井地域にも鉄道路線を有していました。1990年代に越前本線の一部と永平寺線の廃止方針を打ち出され、2001年の越前本線列車衝突事故に伴う営業停止が経営悪化に拍車をかけ、京福電鉄は福井県での鉄道事業を撤退することに。

しかし、福井県の援助により、第三セクター方式で存続することに決まり、2003年より「えちぜん鉄道」として再出発。その後も、えちぜん鉄道と福井鉄道との相互乗り入れを実施するなど、福井県は鉄道活性化への取り組みに積極的のようです。

かつて京福電鉄(→えちぜん鉄道)には、阪神からの譲渡車が多かったが、JR東海飯田線で活躍していた119系の譲渡(→MC7000形に改造)により全廃されたようです。


2011年当時のJR津山駅にて。

津山線(岡山-津山)快速【ことぶき】用キハ47系は独特のカフェオーレ色でした。キハ40系は現在全てタラコ単色に塗り替えられました。

その少し前まで、キハ48の急行【つやま】も津山線に1往復設定され、最後の昼行急行として注目を集めていたが、一般型気動車使用の「ぼったくり」と不評だったこともあって廃止。

姫新線・因美線はキハ120ばかりで寂しいですね。

津山駅構内には車両基地が併設されており、鉄道の町と実感されます。

P1090082

P1090084

P1090083



kintetsu1978-2

近鉄志摩線の懐かしい風景です(1978~79年ごろ)。18200系特急・京都行きだったと思います。

一家全員で賢島・英虞湾へ海水浴に連れて行ってもらった時。私は当時、水に入るのを怖がり、海水浴よりも乗り鉄のほうが楽しかったですね。

志摩線は当時単線でした。特急車も「しまかぜ」ほどの華やかさはなく、2階建て「ビスタカー」が近鉄特急のエースを飾る時代でした。ビスタカーは10100系から30000系に交代する頃でしたね。

志摩地方のグルメといえば、的矢カキ、アワビ、サザエ、手こね寿司などが思い浮かびます。
 


takayama-kiha58

高山本線富山口で運用されていたキハ58系。JR西日本高山カラーに加え、JR東海の国鉄カラーがともに富山まで顔を出していました。手前に集まる制服姿の中高生たちも、今はアラフォーでしょうか。北陸新幹線開業で富山駅の雰囲気もかなり変わっているようですね。

富山の駅弁といえば『ますのすし』がベストセラーですが、 他に安くて美味しい駅弁も多く揃っていますね。


DSC_0008

阪急園田駅前(北口)にて。

ここから江坂まで阪急バスに乗車しました。兵庫・大阪府県境を跨ぐ面白い路線系統です。この路線は2020年、JR吹田まで延長されました。

南口からは阪神バス(尼崎市内線)が発着。

園田といえば、競馬場でお馴染みでしょう。競馬開催時には、園田駅前から無料シャトルバスが運行されます。


神戸港と六甲山

神戸港1

確かハーバーランド付近だったかと思います。デジカメを始めたばかりの頃で、適当に撮ってみたものですが、ぼやけた画像になってしまいました(汗)

国際的貿易港と背後にそびえる六甲の山並みは、神戸を象徴する魅力的な風景ですね。
 


P8270031

P8270029

P8270025

近鉄大阪線室生口大野にて(奈良県宇陀市)。

女人高野で知られる室生寺への玄関口で、当駅からバスが便利です。

室生口大野は山あいの閑散とした駅で、特急(ひのとり・アーバンライナー・伊勢志摩ライナー・しまかぜ、ほか)は音を立てて豪快に通過する、「閑」と「繁」の好対照が印象的でした。
 


osakastation1996

夜明け前の大阪駅御堂筋口にて(1996年)。

当時、新快速の車両が221系から223系に置き換えられつつある中、国鉄時代からの117系ヘッドマークの広告がなぜかそのまま残り、時代を感じさせるポイントでしょう。まだ国鉄時代の面影が残っていたと思います。

北口にあった大阪鉄道管理局の跡地はヨドバシに変わりましたね。

 

↑このページのトップヘ