カテゴリ:街角点描・地域別【大阪市内(淀川以南)および周辺】 > 東住吉・平野【長居公園・駒川・矢田・平野郷】


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大阪市平野区の平野本町商店街に面する全興寺(せんこうじ)。

このお寺はとてもユニークで、地獄から極楽への体験ができる寺。境内に地獄堂や納骨堂などがあり、賽の河原・石積みや、仏さまと赤い糸で縁結び体験などもできるようです。

さらに、境内の一角には「小さな駄菓子屋さん博物館」というユニークなものまであり、昭和20~30年代の駄菓子屋さんに並んでいたおもちゃが展示されています。

子どもたちも喜んでここへ遊びに入れることでしょう。

おみやげに「厄よけまんじゅう」なども販売されています。


大阪市平野区の国道25号線を走る大阪シティバスです。

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2005年春のある日、夜になぜか駒川商店街に寄り道したようです。どんな乗車ルートだったのか完全に忘れました。2枚目の画像、駒川温泉の反対側に写っているガードは近鉄南大阪線のようですね。


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大阪市平野区瓜破の大和川に架かる高野(こうや)大橋。

「高野大橋」という名称は、中高野街道(摂津国平野郷~河内国三宅~狭山~河内長野)が通っていることによるものだそうです。 架橋されたのは明治初期と古く、現在の高野大橋は1954年(昭和29年)に架け替えられたもの。高野大橋の通る道は、国道309号の旧道区間にあたり、現在大阪府道42・179号【住吉八尾線】に指定されています。R309現道は、高野大橋より約200m下流側の瓜破大橋であり、阪神高速15号松原線と一体化構造になっています。

高野大橋南詰(大和川南岸)は松原市かと思いきや、実は大阪市平野区であり、市境は橋より南へ約300mです。このあたりの市境は複雑に入り組んでいます。江戸期の大和川付け替え工事の名残でしょうか? 府立平野高校は大阪市平野区(長吉川辺)でありながら大和川の南側に立地、学校敷地を三方囲い込むように市境が敷かれています。

橋の北側には、15年ほど前まで大和川土手に沿って阪和貨物線という鉄道路線が敷設されていました。関西本線(大和路線)奈良方面と阪和線杉本町駅を短絡、主に貨物列車が通っていたが、ユニークな旅客列車が時折通過することもありました。


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昨年の紅葉の頃でした。

長居公園の西側には、球技場、ヤンマースタジアム、障がい者スポーツセンターなどがあり、スポーツを楽しむには絶好の場所です。ヤンマースタジアムにはユースホステルも併設されており、宿泊が可能なのも魅力ですね。公園の東半分は、植物園や郷土の森、自然史博物館があり、自然の豊かなゾーンとなっています。

もう35年近く昔だったかな、長居公園の屋内プールに連れて行ってもらったことがあります。阪和線がまだ地上の頃で、プールの窓越しに急行【きのくに】(キハ58系)が見えた記憶があります。

長居公園へは、地下鉄御堂筋線長居駅から徒歩1分、JR長居駅から徒歩5分(いずれも南西入口)です。東エリアの植物園などへは、近鉄南大阪線針中野駅からのほうが便利でしょう。
 


大阪市平野区のサンアレイ平野本町商店街です。

昭和の頃にタイムスリップしたかのような庶民的な雰囲気で、見ごたえ十分です。

商店街の南側に隣接する全興寺には、境内に「小さな駄菓子屋さん博物館」などのユニークな展示コーナーがあり、面白いところです。

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サンアレイ平野本町商店街西入口
付近に旧・南海平野線平野駅跡がある

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アーケードの様子

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レトロな洋風建築も

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呉服屋さん
まるで祭りの縁日のようだ

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全興寺正門

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小さな駄菓子屋さん博物館(全興寺内)


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東住吉区の近鉄矢田駅前付近です。「万代百貨店」という看板が懐かしいですね。
矢田駅南東に「住道矢田」(すんじやた)という難読地名があります。同じ大阪府内の大東市に「住道」という町名があり、JR学研都市線の駅名にもなっているが、読み方は「すみのどう」で、東住吉区の「住道矢田」とは全く異なります。


かつて、阪堺電車上町線の阿倍野停留所から南東方向へ分岐し、平野まで延びていた南海平野線。

南海平野線は現在の阪堺電車と同じ併用軌道線で、現在の地下鉄谷町線・阪神高速松原線と同じルート、文の里や駒川を経て平野に至る路線でした。1980年12月、地下鉄谷町線天王寺-八尾南間延伸開業と同時に廃止されました。当時、現在の阪堺電車は南海電鉄の一部であり、平野線も含め、南海電鉄の併用軌道部門として運営されていたかと思います。

終点・平野駅はかつての環濠都市・自治都市だった平野郷の西入口。平野駅および付近の路盤跡は、遊歩道として整備されています。 

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平野駅跡を東から。遊歩道の入口にもなっている

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平野駅ホーム跡と藤棚 藤棚はレールでできてるようだ

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平野郷町西脇口を示す石碑

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平野駅跡を西から。島式ホームだった跡が伺える。信号機が残っている


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